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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)50号 判決

原告 真鍋武雄

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨及び原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和二十九年抗告審判第一、七三六号事件について昭和三十二年八月十二日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、「硬練コンクリート製造装置」なる発明につき、昭和二十八年三月十二日に特許を出願したところ(昭和二十八年特許願第四、二七一号)、昭和二十九年七月二十七日に拒絶査定を受けたので、同年九月二日抗告審判請求に及んだが(昭和二十九年抗告審判第一、七三六号)、昭和三十二年八月十二日、右請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本が同月二十日原告に送達された。

二、本件発明の要旨は、「コンクリート、ミクシング、プラントにおいて、遠心分離機を設備し、骨材中特に砂を先ず遠心分離機によつて十分脱水乾燥せしめた上、砂貯蔵槽に貯え、この貯蔵槽より計量器を通じて他の骨材と共にその下部に設けた骨材集合槽に供給し、さらにその下方に設けた骨材振分装置を介して所要位置に据えたコンクリートミクサーに供給するようなすとともに、骨材振分装置に附設した通水管より定量の水を送入して練合するようになした硬練コンクート製造装置」に存するところ、審決は、公知例として昭和二十五年実用新案出願公告第二、二五五号(遠心力脱水による微粉炭回収装置)及び昭和二十六年実用新案出願公告第一三、八四六号(計量装置付コンクリート混合機)の各公報の記載を引いたうえ、「よつて本願の発明と両引例の湊合したものとを対比するに、砂を脱水することが両引例に記載されていない主たる相違点となつている。しかるに引例の如き遠心力脱水装置が公知なる以上、砂を脱水するという必要があればこれを遠心力脱水装置にかけることは当業者の必要に応じて容易に実施することができる程度のものであり、しかもこの脱水装置をコンクリート混合装置に協同させた本願の発明の構想、手段は本願の明細書図面の記載の程度では発明の存在を認めることはできない。」と説示し、結局本願の発明は全体として特許法に規定された発明を構成するものと認め難く、同法第一条の特許要件を具備しないものと認定した。

三、しかし、本願発明は、コンクリート原料混合装置乃至連続式遠心分離機そのものを各別に発明と主張するものではないこと、言うまでもなく、在来既知のコンクリート原料混合装置において特にその砂の供給路だけに連続式遠心分離機を設けた結合装置を発明とするものであり、この結合装置が新規であつてしかも新規な特殊効果をもたらす以上、これが特許法第一条に該当すべき発明を構成するものであることは明らかである。そもそも多くの発明の内新規な機械運動の出現を目的とする機構の発明のごときを除けば、機械的発明の大部分は、既知の部分、機構又は装置等の結合より成るものであつて、これが特許法第一条に該当すべき発明に値するか否かの吟味に関する要件は、当該結合が新規であるか否かの点と、当該結合によつて新規な特殊効果を出現するか否かの二点にかゝるものである。本願発明において、既知のコンクリート原料混合装置における砂供給路に連続式遠心分離機を設けた結合が新規なことは、従来コンクリート工事の作業現場の状態から見て、すでに明らかなところである。すなわち従来の作業現場においては、セメントだけは不湿状態に保存してあるが、その他の砕石、砂利及び砂等は天然に放置されたものをそのまゝ混合装置に供給使用している。したがつて、降雨直後と干天続きの場合とでは砂の含有水分が異るため、同量の水を加えるときはコンクリートの硬練度に著しい相違を現出するものであつて、湿砂の含水量は多きは一〇%、少なきは一%の範囲にわたり、砂一立方米中の含水量多きは一三四瓩、少なきは一七瓩であるから、これだけの水分が多量の砂に附着してコンクリート中に誘入されゝば練度に多大の影響を及ぼすべきはずであるのに、従来何人もこの点に関心を払うものなく施工し来つたのである。換言すれば、コンクリート工事の作業現場においてコンクリート原料の混合にあたり先ず砂の含有水分を一定ならしめた後調合に附するという着想そのものも、原告をもつて嚆失とする。いわんや、砂の含有水分を一定ならしめるため連続式遠心分離機を使用し、これと混合装置を結合せしめた本願発明が新規なることにおいておやである。従来コンクリートの強力試験等に際して砂を脱水することは実験室内においては行われたこともあるが、この際の脱水は加熱乾燥手段による絶対乾燥であつて、本願発明の連続式遠心分離機による含有水分の一定化とは全然異るものである。今この両者を比較すると、本願発明のものが機械力によつて迅速に行われる当然の特徴を有する以外に、熱乾燥の場合には、絶対無水程度に乾燥する場合を除き、乾燥温度と時間とを一定する場合に、残存水分は原有水分に比例するから、温度と時間とを一定しても、含水量の一定を保証し得ないが、遠心力脱水の場合に限つては、遠心力の大きさとその作用時間とを一定にしておけば、原有含水量に相違があつても、被処理品の残存含水量を常に一定ならしめ得るという特色を有するものである。例えば、遠心分離機の脱水度を残存含水量が一%ないし三%となるように遠心力及び作用時間を決定しておくときは、五%ないし一〇%の湿度の砂は一%ないし三%までに脱水されるが、一%ないし三%の普通湿砂を供給するときは、ほとんど脱水作用なく、結局原有含水量の差異にかゝわらず、残存水分を一定に保持し得るのである。また実際問題としても作業現場において、熱を適用して長時間にわたり砂を絶対乾燥し、更にその冷却を待つて混合装置に供給するようなことは、とうてい思いもよらない手段であるが、遠心力を適用するときは、ほとんど即時に所定含水度に脱水することができ、しかもコンクリート資料の混合は乾燥が目的でなくて、含水度が一定でさえあれば、この水分を見込んで爾余の必要水分を配合することにより常に所定の硬練度すなわち不変強度のコンクリートを製造し得る点で、本件出願発明は実験室的着想とは全然異る現場作業としての合目的性を有するものであつて、コンクリート混合装置として特殊な新規な工業的効果を有するものである。硬練コンクリートを製造するにあたり、遠心分離機を使用して砂の含水度を一定に保持するようにすることが、従来周知の試験片の作成法から容易になし得る程度のものでないことは、すでに東京高等裁判所昭和三十年行(ナ)第四一号判決(昭和三十一年四月十日言渡)によつて明らかにされているところである。

以上の次第であるから、既知のコンクリート原料混合装置における砂供給路に連続式遠心分離機を設けた本発明の結合装置は、特許法第一条に該当するものであり、これをもつて引用の両公知例から当業者の必要に応じて容易に実施することができる程度のものとなし、結局本願の発明は全体として特許法に規定された発明を構成するものと認め難いとした、本件審決は不当であつて、取り消さるべきものである。

四、この点に関して、被告は「この発明が特許に値するものかどうかは、その効果の大小よりは、むしろ先ずもつてその結合の態様自体が当業者が容易に想到できる範囲のものであるかどうかによつて決定さるべきものである」旨主張するが、発明の要件は新規性と特異な工業的効果とのみに関するものであつて、当業者が容易に想到できる範囲かどうかによつて決定されるべきものではない。また、特許法第四条第二号における刊行物とは単一の刊行物を指すものである。原告がすでに主張したごとく、機械の発明は機構類を除けば概ね既知部分機構又は装置の結合から成るものであるから、結合の発明に対し、その結合の新規性と特殊の作用効果とを無視して、ほしいまゝに要部を分割し、複数の刊行物を挙げて各別に新規性を否定するものとすれば、多くの機械の発明は成立しない結果となるであろう。したがつて、審決の「よつて本願の発明と両引例の湊合したものとを対比するに」以下の見解は、その前提を誤つている。

また、被告は乙第二号証の一、二、三の文献を引いて本件発明の構想を周知であると主張するが、右文献の記載するところは、骨材の含有水分は現場では手が付けられないから、これが調整をあきらめ、この含有水分を見込んで混合水すなわち調合水量のほうで加減するという方式であり、これに反して、本件出願の方法は、現場において骨材の含有水分を一定に調整し、調合水量は不変に保持せんとする方式であるから、工業的には全然新規の思想である。

五、次に、右の点をしばらくおくとするも、審決にはなお以下に主張するごとき違法の点があり、取消を免れない。

原告は、昭和二十九年五月二十四日附をもつて、本願発明は出願前周知のコンクリートミクシングプラント及び遠心分離機を単に寄せ集めたものに過ぎず、特許法第一条の発明と認めることができない、との拒絶理由通知(甲第四号証)を受けたから、昭和二十九年六月二十五日附意見書(甲第五号証)を提出して、特許実務上寄せ集めとは問題の両部分が互に没交渉に各自の性能に従つて働くか、或いは両者が協働するもその効果が当業者が当然予測し得べき範囲を出ない場合に限つて云うものであるのに対し、本件発明における遠心分離機の結合は遠心分離機と計量機及び混合機とが協働して硬練コンクリートの水分を常に所定に保持する作用をなし、しかもその作用は加熱又は真空乾燥等を包含する広義の脱水思想にあるものではなくて、遠心力利用の脱水に限り、砂の固有水分が不定なるにかゝわらず、速度及び作用時間を一定するときは、常に残留水分を一定に保持するという、熱乾燥又は真空乾燥等の場合には望み難い特殊効果を有する点で発明の特異性を有するものである、旨詳陳した。

しかるに、特許庁は前記拒絶査定において、本願は遠心分離機を用いたから加熱乾燥よりすぐれているとのべているが、その程度の相違は単なる設計的変更に過ぎないものと認められるから、先の拒絶理由は変更しない、と全く見当ちがいな附記理由を附したので、原告は抗告審判を請求して、在来一度も拒絶理由の証拠として例示したことのない加熱乾燥なるものを持ち出し、これと仮想の結合装置によるものと効果を比較して、設計変更に過ぎないと結論していることは、特許法第七十二条の規定に違背することを指摘したが、審決はこの点について、これは抗告審判請求人(原告)が意見書において自ら在来公知の加熱乾燥装置と対比した効果上の相違点について、発明の存在しない理由を説示したものであつて、審査官が拒絶理由を変更したものとは認められないから、第許法第七十二条の規定には何等違背していないものと認める、と判断している。

しかし、拒絶査定における附記事項は、拒絶理由の敷衍ではなく、これとは全然別異な理由である。前に通知した拒絶理由と没交渉な新たな理由を挙げて、しかも「先の拒絶理由は変更しない。」としたのは、出願人を惑わすものであり、審決は「効果上の相違点について発明の存在しない理由を説示した」と簡単に片附けているが、およそすでに示された拒絶理由と全然没交渉な新たな理由を挙げる以上、これに対して何等の意見開陳の機会を与えないで葬り去ることは、特許法第七十二条の規定に違反するものといわざるを得ない。

この点よりするも、審決は違法であつて、取り消さるべきである。

第二答弁

被告指定代理人は、主文通りの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の特許出願、拒絶査定、抗告審判請求を経て、原告主張のような審決があり、原告主張の日にその謄本が原告に送達された事実は認めるが、右審決が原告主張のように違法のものであるということは争う。

二、原告は、本件出願発明がコンクリート原料混合装置と連続式遠心分離機との結合において新規であり、しかも特殊効果を有するから、特許法第一条に該当する発明を構成するものである、と主張している。しかし、およそ発明において、その構成が要件の結合において新規のものであるならば、大なり小なり新規の特殊効果を有することは当然である。この発明が特許に値するものであるかどうかは、その効果の大小よりは、むしろ先ずもつてその結合の態様自体が当業者が容易に想到できる範囲のものであるかどうかによつて決定さるべきものである。この観点から本件発明を検討するのに、まず結合を必要とする原因、すなわち砂の含水量とその脱水についての問題点を分析すると、そもそもコンクリートの強度において水とセメントとの比が最も重大な影響のあることは周知の事実である。セメントと水との反応によつてコンクリートを形成することは化学反応であり、しかもこれに砂や砂利を加えることは、それを介してセメント水和物が一体硬化する場合において、当然砂、砂利に附着している水分が影響することになるから、砂の水分量を規正することは、むしろ当然のことであるといわなくてはならない。すなわち、現場で用いる砂及び砂利には多小の水分を有し、これは練合に際して加うべき混合水の一部として化学作用に参与するから、それだけの水量は混合水の内から差し引いて加える水量を加減する必要があり、たゞし実験室における試験のようなときは、砂は完全に乾燥されているので、この考慮は不要であるということは、文献(昭和八年五月一日淀屋書店発行近藤泰夫著「コンクリート配合の合理化」、乙第二号証の一、二、三)にも示されている。この周知であり慣用されている事実から判断すると、原告は砂の含有水分を一定にした後調合に附するという思想は原告をもつて嚆矢とすると主張するが、含有水量を一定にするという物理的化学的意義は、含水量をある標準状態にしてからその後に添加して得た全含水量を一定にするというに帰着し、かくして必要にして十分な含水量をもつて化学反応を行わせることができるわけである。結局原告の含水量を一定にするという着想は、実験室における慣用手段である含水量が零である乾燥状態(吸水量は零ではない。)とか、又は含水量を精密に一定量に定量するということと同一の構想で、本件出願前から周知の思想である。

次に、砂の含水量を一定にするためには、脱水の手段を必要とするのであるが、本件出願発明では特に連続式遠心分離機を使用している。しかし、一般に遠心分離機によつて脱水する場合には、その脱水効果は分離機の回転数、機内の空気の流動速度、流通時間、砂の粒子の大きさなどの諸要素によつて変化するものであり、これをいかに測定し、制御するかについて明細書に何らの記載がなく、したがつて砂の含水量を一定にするという具体的な手段については何ら知ることができない。本件発明の遠心分離機は特に砂処理のための遠心分離機ではなく、一般の連続式遠心分離機と解釈するのほかないのである。

してみれば、本件出願発明が特許法第一条に該当する発明を構成するかどうかは、その分離機とコンクリート原料混合装置との結合態様のいかんにかゝつているというべきであるが、この点について本件発明は、両者を単にコンベヤで機械的に連絡するというだけで、当業者の容易に想到し得るもので、かつ慣用とする手段であるに過ぎない。したがつて、両者の結合に何らの発明を構成する点を認めることができない。

三、次に、原告は、審決が拒絶査定の附記事項の記載を新たな拒絶理由として取り扱わなかつたことは、特許法第七十二条に違反すると主張するが、そもそも原告は特許庁審査官の通知した拒絶理由に対して提出した意見書において、審査官が提示した拒絶理由とは何の関係もない加熱手段を持ち出して、本件発明の遠心分離機と対比して右発明の合理性を主張しているのであり、審査官がこの加熱手段を拒絶理由として提示して意見を徴したものでないことは、明瞭である。したがつて、加熱手段について原告に意見開陳の機会を与える必要のないことは当然であつて、何ら特許法第七十二条に違反するものではない。本件審決において、かように審査官の拒絶理由として提示したものと無関係の事項についての原告の主張に対する説示につき、意見開陳の機会を与える必要を認めなかつたことも亦、当然のことであるといわなくてはならない。

かように、本件審決には何ら取消の理由となるべき違法の点がない。

第三証拠(省略)

理由

一、原告が昭和二十八年三月十二日に「硬練コンクリート製造装置」なる発明につき特許を出願したところ(昭和二十八年特許願第四、二七一号)、昭和二十九年七月二十七日に拒絶査定を受け、同年九月二日抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第一、七三六号)、昭和三十二年八月十二日に右請求は成り立たない旨の審決があり、同月二十日その謄本が原告に送達された事実については、当事者間に争いがない。そして、右発明の要旨は、コンクリート、ミクシング、プラントにおいて、遠心分離機を設備し、骨材中特に砂を先ず遠心分離機によつて十分脱水乾燥させた上、砂貯蔵槽に貯え、この貯蔵槽から計量器を通じて他の骨材と共にその下部に設けた骨材集合槽に供給し、更にその下方に設けた骨材振分装置を介して所要位置に据えたコンクリートミクサーに供給するようにすると共に、骨材振分装置に附設した通水管から定量の水を送入して練合するようにした硬練コンクリート製造装置にあるところ、審決は、公知例として昭和二十五年実用新案出願公告第二二、二五五号(遠心力脱水による微粉炭回収装置)及び昭和二十六年実用新案出願公告第一三、八四六号(計量装置付コンクリート混合機)の各記載を引き、本願発明と右両引例の湊合したものとを対比して、砂を脱水することが引例に記載されない主たる相違点であるか、引例のごとき遠心力脱水装置の公知である以上、砂を脱水する必要があればこれを遠心力脱水装置にかけるということは、当業者の必要に応じて容易に実施し得る程度のものであり、この脱水装置をコンクリート混合装置に協同させた本件発明の構想手段も亦、明細書図面の記載の程度では、発明の存在を認めることができない、としたものであることは、被告の明らかに争わないところである。

二、そこで、審決が公知の先例として引用した二つの公報の記載を見るのに、先ず成立に争いのない乙第四号証によれば、昭和二十五年実用新案出願公告第二、二五五号は、昭和二十五年三月三十日公告のものであつて、微粉炭を含んだ洗炭場の廃液から微粉炭を回収するために前記廃液を機底の周辺から切線方向に流入させ、これに更に攪拌子によつて高速回転を与えて、遠心力によつて液と微粉炭とを分離選別しようとする微粉炭連続回収装置の記載してあるものであることが認められ、審決はこれをもつて遠心力による脱水装置が新規のものでないことを例示したことが明らかである。また、これ亦成立に争いのない乙第三号証によれば、昭和二十六年実用新案出願公告第一三、八四六号公報は昭和二十六年十一月二十九日公告のコンクリート混合機における骨材投入装置を掲げ、それには、砂及び砂利の各貯蔵槽の下部にそれぞれ計量器を設け、これを通して、かつ下部の貯蔵槽を経て骨材を集合し、計量した割合で混合機に送出する装置の構造を示していることを認めることができ、審決はこれによつて骨材貯蔵槽及び計量器付のコンクリート混合機が周知のものであることを説示したものというべきである。

三、さて、本件発明の目的とするところは、コンクリート、ミクシング、プラントにおいて、遠心分離機によつて骨材中特に砂を十分脱水し、その含水量を一定にしたうえ、これを従来の混合装置に導入して、結局セメントに対して水の量を一定にした、均一強度の硬練コンクリートを製造する装置を得ようとするにあることは、前に本件発明の要旨として記載したところに照して明らかであるところ、右発明の動機となつた、コンクリートの製造においては、セメントと水との割合は、その強度に重大な影響のある事実は、従来から周知されていること、成立に争いのない乙第一号証の一、二、三(財団法人日本窯業協会編輯の窯業工学便覧、昭和二二年四月発行)に、「一定の材齢一定の試験方法に於けるコンクリートの強度は材料の性質、調合比、水量、施工方法、養生方法等に支配せられる。(中略)就中最も大きな影響を与ふるものは水量であつて一時アメリカで1バイントの過剰水は数ポンドのセメントを失ふと言つて盛に宣伝せられたこともある位で、水量が多過ぎると著しくコンクリートの強度を低下せしめる。」との記載があることによつても、明らかである。ところで、現場で用いる骨材すなわち砂及び砂利は必ず多少の水分を有するものであり、この水分のうち骨材の表面に附着した分すなわちいわゆる含水量(骨材の内部に吸収されているいわゆる吸水量と区別して)は、練合に際して加うべき混合水の一部として化学作用その他に参与するものと考えねばならず、したがつて、実験室における場合のように骨材が完全に乾燥している場合にはかゝる考慮の必要はないが、現場においては、前記含水量に相当する水量を加うべき混合水の内から差し引き、加える水量を加減することが必要であることは、成立に争いのない乙第三号証の一、二、三(近藤泰夫著、コンクリート配合の合理化、昭和八年五月発行)にもその旨の記載のあることからしても、すでに公知になつているものといわなくてはならない。原告は、これら従来現場で周知されている方式は、コンクリートを練合するに際して混合水量のほうを加減する方法であるが、本願発明の採用する方式は、骨材特に砂の含水量を調整して一定にしようとするのであるのであるから、両者はともに終局においてコンクリートを形成する化学作用に参与する水量を一定にすることに帰着するものの、方法として別個の着想である、と主張するが、本件出願にかゝる発明は、右方法を実現する硬練コンクリートの製造装置にかゝるものであつて、右方法は当面発明の要旨に含まれていないものと認むべきであるから、装置として発明を構成するものであるかどうかは、右方法の新規であると否とは関係なく、これを検討しなければならない。

いま、この見地において本件発明の要件とされている事項をみるのに、骨材特に砂の脱水のために遠心分離機を用いることは、前に認定したように脱水のために遠心力を利用することが周知の手段であり、しかも本件発明の装置における遠心分離機が普通の連続式遠心分離機であるに過ぎないことは、それが何らかの特別の構造を有することにつき、原告において主張するところがないことによつて明らかであるから、特に発明力を要せずして、当業者の容易に実施し得るものといわなくてはならず、また各別の骨材をそれらのための貯蔵槽から計量器を経て所定の割合に集合し、水と共に混合機に供給するコンクリート製造装置なる点においては、それ自体すでに周知されていること、これ亦前に認定したとおりである。更にまた、右両装置を連結する手段についても、本件発明は何ら要件として特別のものを掲げていないので、これについて発明を認めることもできない。なお、原告は、本願発明が脱水のために遠心分離機を利用する点について、遠心分離機はその回転速度及び運転時間を一定に規制すれば、それに掛けられる材料の保有水量の大小にかゝわらず、その残存水量は均一となる旨主張し、これをもつて本件発明の目的としているが、被告のこの点に対する否認にもかゝわらず、何らの説明をも加えず、かつこれを立証しないので、この点に関する原告の主張は採用すべき由がない。また、原告は発明の要件は新規性と特異な新規な工業的効果とだけに関係するものであり、当業者の容易に想到できるかどうかによつて決定せらるべきものではないと主張するが、当業者が容易に想到できる範囲内のものが特許法にいわゆる発明を構成せず、したがつてかようなものは同法第一条に規定する特許要件を具備しないものであることは、当然であるといわなくてはならない。原告は更に特許法第四条第二号における刊行物は単一の刊行物を指すものであるといつて、審決がこれに違反するかのように主張するが、審決が前記の二つの公報の記載例を引いたのは、それに記載されてある事項が出願前周知であることを証明する目的で、その事項の各々につき一つの記載例を挙示したものであつて、特許法第四条第二号の刊行物としてこれを引用したものではないことが明らかであるから、特許法第四条第二号の刊行物が単一刊行物に限るかどうかの判断に及ぶまでもなく、原告の右主張も理由がない。

これを要するに、本件出願の発明は、既知のコンクリート製造装置において、骨材中特に砂を脱水する必要に応じて、通常の脱水手段と認むべき連続式遠心分離機を附設したものであるに過ぎず、その附設の方法についても何らの発明思想を認めることができないから、そのいかなる点においても、特許法第一条の発明を構成しないものといわなくてはならない。

四、原告は、仮に以上の点において審決に違法の点がないとしても、拒絶査定の附記事項は前に通知されたものと全く没交渉な新たな理由であるのに、これにつき何らの意見を開陳させる機会を与えなかつたのは特許法第七十二条の規定に違背するものであると主張する。しかし、拒絶査定における附記事項といつても、それが新たな拒絶理由をなしている場合には、これに対し意見を述べるべき機会を与える必要があるが、右附記事項は必ずしも新たな拒絶理由を構成するものと限らず、ことに本件の場合についてこれをみるのに、原告は、昭和二十九年五月二十四日附をもつて、本願発明は出願前周知のコンクリートミクシングプラント及び遠心分離機を単に寄せ集めたものに過ぎない、との拒絶理由の通知を受けたので、同年六月二十五日附意見書を提出し、その中で、本件発明においては遠心分離機と計量器及び混合機とが協働して硬練コンクリートの水分を常に所定に保持する作用をなし、しかもその作用は加熱又は真空乾燥等を包含する広義の脱水思想にあるのではなくて、遠心力利用の脱水に限り、砂の固有水分が不定なるにかゝわらず、速度及び作用時間を一定するときは、常に残留水分を一定に保持するという、熱乾燥又は真空乾燥等の場合には望み難い特殊効果を有する旨を述べたところ、特許庁は拒絶査定において、この出願は昭和二十九年五月二十四日附で通知した理由によつて拒絶すべきものと認めることを明示したうえ、なお、本願は遠心分離機を用いたから加熱乾燥よりすぐれているとのべているが、その程度の相違は単なる設計的変更に過ぎないものと認められるから、先の拒絶理由は変更しない、と附記したものであることは、成立に争いのない甲第四、五、六号証によつて明らかであつて、これによつてみれば、本件出願発明は、昭和二十九年五月二十四日附で通知された拒絶理由通り、その出願前周知のコンクリートミクシングプラント及び遠心分離機を単に寄せ集めたものに過ぎないという理由で特許されなかつたもので、加熱乾燥との比較は前記の寄せ集めであるという点についての詳細な具体的説明を追加したものであるに過ぎず、これをもつて単独に拒絶理由の一としたものでないことが認められるので、原告のこの点についての主張も理由がないというべきである。

五、本件出願発明は特許法第一条に規定する特許要件を具備しないものでありこれと同趣旨のもとに原告の抗告審判の請求を成り立たないとした本件審決は相当である。また、右審決には特許法第七十二条に反する違法があるとする原告の主張も認容できないこと、前記のとおりである。

よつて、右審決を違法のものであるとしてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないと認め、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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